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永里優季が旦那の大儀見浩介と離婚!画像や大仙市の実家や妹について?

   

 

リオデジャネイロ五輪アジア最終予選予選の時に

なでしこジャパンの背番号10番を付けていた永里優季選手。

 

リオ五輪出場の切符は獲得できませんでしたが、

その永里優季選手は大儀見浩介さんとの離婚を発表しました。

 

原因は何だったのでしょうか。

 

その他諸々のことが気になったので、永里優季選手について調べてみました。

 

 

永里優季

永里優季

 

 

離婚をブログにて発表

 

 

永里優季選手は、離婚したことを自身のブログにて発表しました。

 

 

私事で申し訳ございませんが、突然のご報告 失礼いたします。

 

この度、大儀見浩介さんと離婚しましたことを、

この場をお借りしてご報告させて頂きます。

 

プライベートなことをこのような形でのご報告となりましたこと、

関係者の皆様、また応援してくださっているファンの皆様に心からお詫び申し上げます。

 

4年という夫婦生活の中で、サッカー選手として海外で生活をしながらの、

遠距離での夫婦生活の価値観にズレが出てきました。

 

まだまだ未熟なサッカー選手として、海外での挑戦をし続けていきたい自分と、

メンタルトレーニングコーチとして日本国内で活躍する彼との生活には、

少し時差が生じていたように感じました。

 

二人で話し合いを重ねた結果、今後の二人の人生において

別々の道を歩むことが最良の選択であるという結論に至りました。

 

大儀見浩介とは?

 

 

大儀見浩介

大儀見浩介

 

永里優季選手と離婚した大儀見浩介氏とは一体どんな人だったのでしょうか。

 

大儀見浩介氏と永里優季選手が結婚したときに、

大儀見浩介氏がイケメンであることが話題となりました。

 

生年月日:1979年4月27日(37歳)

出身地:静岡県

血液型:B型

職業:メンタルトレーニングコーチ

 

大儀見浩介氏は、東海大学第一中学在学中に、

元日本代表の高原直泰さんらとともに全国優勝を成し遂げたことがあります。

 

高原直泰

高原直泰

 

東海大学第一高校ではサッカー部の主将でした。

 

永里優季選手と大儀見浩介氏の出会いは?

 

永里優季選手と大儀見浩介氏が出会ったのは、

東海大学時代に永里優季選手が所属していたゼミのOBで

永里優季選手が1年生の時に知り合ったそうです。

 

そして、二人の交際が始まったのが、大学を卒業してからのことです。

 

交際期間1年、ドイツワールドカップ後に結婚します。

 

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なでしこジャパンが見事優勝を果たした直後のピッチ上で

なでしこジャパンのチームメートやスタッフに報告したと言うことは有名です。

 

Japan?s players celebrate with the trophy after the FIFA Women's Football World Cup final match Japan vs USA on July 17, 2011 in Frankfurt am Main, western Germany. Japan won 3-1 in a penalty shoot-out after the final had finished 2-2 following extra-time. AFP PHOTO / JOHANNES EISELE (Photo credit should read JOHANNES EISELE/AFP/Getty Images)

 

しかし、結婚生活4年でピリオドを打つことになるとは、

ワールドカップ優勝の時の結婚報告時には誰も解りませんでした。

 

離婚の原因は、まず、遠距離での結婚生活であったことが上げられます。

 

永里優季選手はまだまだサッカーがうまくなりたくて、

ドイツでの選手生活を送ることを決断し、

大儀見浩介氏は日本国内での活動というすれ違いが、

次第にお互いの価値観にずれが生じて、そのずれがもう元に戻せないほどに

酷くなってたいたということなのでしょう。

 

炎上事件!

 

 

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ここで永里優季(ながさと ゆうき)選手のプロフィールを簡単に紹介しますと、

 

生年月日:1987年7月15日(もうすぐ29歳)

出身地:神奈川県厚木市

身長:168㎝

体重:60㎏

血液型:A型

ポジション:フォワード(FW)

在籍チーム:FFCフランクフルト(ドイツ)

 

兄の影響で小学校1年生の時にサッカーを始めます。

 

その後は、地元のGFC厚木レディースを経て「日テレ・メニーナ」に入団。

 

13歳の時には大学生に勝つような実力を既に身に付けていたことから注目されるようになります。

 

中学3年生の時、出場した「U-18ユース選手権」ではチームを見事優勝に導き、

個人でも「最優秀選手賞」に輝きました。

 

2004年、アテネ五輪アジア予選のメンバーとして日本女子代表に初選出されます。

 

デビューは、タイ戦でした。

 

2005年、日本女子代表の最多タイとなる

「国際Aマッチでの4試合連続得点」という偉業を成し遂げました。

 

2010年、ドイツのFFCトゥルビネ・ポツダムとプロ契約を結び、

2011年のワールドカップで全試合に出場し、なでしこジャパンの優勝に貢献しました。

 

しかし、2016年のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選での敗退が決定的となった

中国戦後の永里優季選手のある呟きが「炎上」します。

 

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それは、中国戦で負けた直後に

 

「気持ちがチームとしてうまく機能しなかった。

全員がそういう気持ちを持っていなかった。

ベンチ、スタッフ、見ている皆さんも含めて。

この結果を出ていた選手だけのせいにするのは簡単」

 

と呟いたことが「炎上」を誘発してしまったのです。

 

中国戦を終えて宮間あや選手と

中国戦を終えて宮間あや選手と

 

永里優季選手のこの呟きに批判が殺到し、炎上を招いてしまったのです。

 

「観ている人まで責任があるの?」

 

「貴女が点を取れていれば問題なかったよ」

 

「大儀見の昨日のプレイはホンマへたくそやった」

 

「サポーターにまで責任追及するサッカー選手初めてみたわ。

今まで応援していた俺も相当の馬鹿だわ。二度と見るかこんなもの」

 

など手厳しいものばかりです。

 

母方の実家は秋田県大仙市

 

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永里優季選手の母親の実家は秋田県大仙市にありました。

 

現在は、取り壊されてなくなっしまいましたが、幼少期の永里優季選手の思い出がいっぱい詰まった場所のようです。

 

特に、祖母との思い出は尽きぬようで、永里優季選手が、今季限りで引退を表明し、

可愛いと評判の妹の永里亜紗乃さんと秋田県大仙市を訪れたときの様子などがブログに書き綴られています。

 

永里亜紗乃

永里亜紗乃

 

 

まとめ

 

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永里優季選手は「炎上」事件がありましたが、それは、自分に腹が立ってのことだと思います。

 

リオデジャネイロ五輪アジア最終予選での中国戦に負けてしまい、

リオは絶望的になったときのツイートが炎上を招いたのですが、

その時の悔しさをどこにぶつけていいのか解らなかったために、

前述のツイートを呟いたのだと思います。

 

しかし、多くの批判を受けた永里優季選手は、離婚も経て、

何かと生活が一変した中で、永里優季選手が一回り大きくなった姿を見てみたいところです。

 

なでしこジャパンは7月にスウェーデンへ遠征します。

 

リオ五輪の切符は逃したとは言え、なでしこジャパンは日本の誇りであり続けて欲しいので、

永里優季選手以下、遠征に参加した選手の更なる飛躍を期待します。

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