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おおたわ史絵の出身と病院は葛飾区?カップ画像やわき毛発言について?

   

情報番組のコメンテーターとして出演するなど女医タレントのおおたわ史絵さん。

 

内科医としての視点から、鋭いコメントを言うなど、

的を射たコメントで支持を受けているおおたわ史絵さんについて調べてみました。

 

おおたわ史絵(おおたわ ふみえ)のプロフィール

 

おおたわ史絵

おおたわ史絵

 

生年月日:1964年10月15日(51歳)

出身地:東京都葛飾区

職業:医師、作家、コメンテーター

専門:内科学

学歴:東京女子医科大学

血液型:B型

特技:モダンダンス

 

1996年、内科医としてさまざまな人との出会いや、

臨床経験を元に「週刊朝日」「デキゴトロジー」でメディアでの活動をはじめます。

 

勤務している診療所は葛飾区にあるとの噂がありますが、

定かではありません。

 

 

母親から虐待を受けていた!

 

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8月17日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)にておおたわ史絵さんは、

母親から虐待を受けて育ってきた過去をテレビで告白しました。

 

 

父親は下町で医師として診療所を開業し、

家には家政婦がいたというので、

おおたわ史絵さんは何不自由なく裕福な家庭で育ったように思えるのですが、

おおたわ史絵さんは、幼少期から母親から虐待を受けてきたことを告白したのです。

 

母親は、おおたわ史絵さんの勉強や習い事の些細なミスに対して執拗に責め立てて、

暴力を揮われていたと言います。

 

それに加えて母親は鎮痛剤の長期に渡る使用で幻聴が聞こえるなど薬物依存の症状が現れ始め、

口撃の矛先は全ておおたわ史絵さん一人に向かったと言います。

 

これを告白したのは、2年前に母親が亡くなったことによるものによるのは確かです。

 

おおたわ史絵さんの母親は、幼少期に患った虫垂炎の処置の遅れが原因で、

大人になってからも慢性的な痛みに悩まされ続けていたと言います。

 

看護師時代におおたわ史絵さんの父親と知り合い結婚したそうなのですが、

おおたわ史絵さんの母親は、おおたわ史絵さんを出産後は、

寝たり起きたりの毎日を送ることになり、

そのために家政婦が家事の一切を行っていたのですが、

元々教育熱心でしつけに非常に厳しかった母親の目は一日中、

おおたわ史絵さんに向かっていたと言います。

 

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母親は毎日痛みを訴えて、それを見かねた父親が鎮痛剤を注射するようになったのですが、

それでも痛みに堪えられなかった母親は、

看護師だったことから、

勝手に鎮痛剤を診療所から持ち出して

自分で打つようになったと言います。

 

しかし、長期に亙る鎮痛剤の使用が、

母親の脳に変化を与え、

性格が変わってしまったと言います。

 

薬物依存による幻聴が聞こえるようになり、

更に母親はおおたわ史絵さんを罵倒するようになったと言います。

 

 

おおたわ史絵はうつ病だった

 

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医学部を卒業し医師国家試験に合格したおおたわ史絵さんは、

東京下町にある古い総合病院の救命救急医療チームで2年間研修医師として従事し、

これから独り立ちというときにつ病にかかってしまったのです。

 

朝から晩まで太陽を見る間もなく24時間激務で生活にオンとオフの区別もなく、

過酷な状況が原因です。

 

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おおたわ史絵さんは患者一人一人に100%立ち向かわなければ気が済まない性格なために、

激務が当然と全力で患者さん一人一人に向き合い、

しかし、それが激務に更に追い打ちをかけてしまいました。

 

また、父親が障害者医療に従事していたことも念頭にあったために

父親に追い付かなければならないとの重圧下にもあったのです。

 

医師としてデビューする前におおたわ史絵さんは憔悴しきって、

「医師をやめようか……」と考えるまでになっていました。

そのために半年間休まざるを得なかったのです。

 

おおたわ史絵のうつ病克服の仕方

 

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おおたわ史絵さんは病院で”うつ病”と診断されたわけではありませんでしたが、

「自分が駄目人間だと責め続け、しかられるのが怖かったので電話線を切った」など

引きこもり行動を半年続けざるを得なかったのです。

 

これは重度の抑うつ状態にあったと言え、

何故、病院に行かなかったのかというと、自身が医師であった自負もあり、

また、母親の薬物依存の地獄を見ていたからかも知れません。

 

おおたわ史絵さんは病院に行かず、

薬物にも頼らずに自然に身をゆだねることでうつ病を克服しました。

 

具体的には「太陽の光に当たる」「動物と接する」「期や水に触れる」と言ったごく普通の行動をとっただけで、

うつ病を克服したのです。

 

しかし、医師であったおおたわ史絵さんは、それらの行為が、

全て脳内のオキトシンやセロトニンなど脳内ホルモンを分泌させると科学的なことを知っていたと思われ、

それを実践したまでのことなのです。

 

 

転機

 

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おおたわ史絵さんの転機はこのうつ病で、

その同じ轍を踏まないように自分らしいやり方を模索するようになったおおたわ史絵さんは、

「週刊朝日」に自分が執筆した文章を持ち込み営業をかけて連載をとったことが、

現在のポジションの始まりなのでした。

 

現在、おおたわ史絵さんは”シンプル”に生きることかが幸せなことという考えにあり、

どこか達観した境地にあるように思います。

 

カップ画像

 

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もう51歳のおおたわ史絵さんのカップですが、

Bカップと推定されています。

 

以下がおおたわ史絵さんのカップ画像です。

 

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年相応の落ち着いた感じがあります。

 

 

わき毛発言

 

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おおたわ史絵さんは、ワキ毛を完全に脱毛するのはあまりオススメできないと発言し、

話題となっています。

 

それは、脇の下は性フェロモンが出るところで、

わき毛を完全脱毛するとその性フェロモンの効果も半減してしまい、

問題があると発言しています。

 

 

毛が生えていると言うことはそれだけで意味があり、

現在の脱毛全盛時代に一石を投じた発言で、

体毛を脱毛するのは考えものだと言う考えには賛成です。

 

しかし、世間ではそうはいってもわき毛が生えていることは恥ずかしいという固定観念があって

おおたわ史絵さんの発言が話題になるのもその固定観念がはびこっているからに違いないのですが、

脱毛することのリスクももっと知るべき時が来ていると思います。

 

まとめ

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おおたわ史絵さんはタレント女医の一人として情報番組のコメンテーターなど活躍していますが、

それは、過去にうつ病状態に陥ったことが原点にあるからなのです。

また、「徹子の部屋」でおおたわ史絵さんは母親に幼少期から虐待されていたと言うことを告白し、

 

話題となっています。

 

そして、ワキ毛に関する発言でもまた、話題となっています。

 

それもこれも自身が経験してきたことに基づくことからと内科医故のことで

自分と同じ轍を踏まないようにとの思いからでのことなのです。

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 - カップ画像, タレント